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●割合と面白く読めました(^^)良書ですね、勉強になりました。
●漢字の歴史そのものとはあまり関係ないのかもしれませんが、「日本では奈良時代までは”ハ行”はPa、Pi、Pu・・・のように発音されていたことが証明されている」ってのが興味深かったな、中国語音韻学、悉曇学、日本語学など諸方面から復元されているとのお話、もっと詳細が知りたいと思った。藤原不比等や阿倍比羅夫なんかは、「ぷでいぱらのぷぴと」とか「あべのぴらぷ」とか発音されていたんだって・・・。ホントかね?おっもしろいな~(^^)。
●ちょっと気になったのは、
①「漢委奴国王」(かんのわのなのこくおう)と普通に読み使われていること・・・ワードの変換でもこの通り出ますけど、江戸時代の松下見林の読みだったかな、いまでも教科書はそのまま読ませているんですかね?・・・古田武彦さんの考証によれば「かんのいどこくおう」なんだけど。中国から各国へ授与されていた他の金印・銀印を調べてみても国名の3段読みは無いし、中国側からしたら(冊封体制を標榜する中華思想からは)ありえない話というのは説得力があるんだけど・・・。
②阿倍仲麻呂の話・・・「天の原 ふりさけ見れば春日なる・・・」の歌・・・ベトナムや中国で漂浪していたときの望郷の歌が、「どのように日本につたえられたのか、分かっていません」と鋭く指摘されていますが、そのとおり。これも古田武彦さんによれば、この歌は、日本を出発して唐へ向かうときに、壱岐島の天の原の辺りから、九州・博多近辺の春日にある三笠山から出る月を歌ったもの・・・これも3地域名一致の観点から説得力のある論。
③隋の煬帝にあてた国書「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に・・・」・・・「聖徳太子による文章とされています」との慎重な書きぶりには感心。これも聖徳太子ではありえないというのは、もうほぼ明らかにされているのではないでしょうかね。「隋書タイ国伝」に、あれほど明確に「姓は阿毎(あめ)、名は多利思北孤(たりしほこ)」と記されているのに・・・と、まあ、余計なところが気になりすぎて、すんなりとは読めませんでした。
●漢字学の碩学・大家の先生には、このへん、もっと突っ込んで欲しかったと・・・。本筋からは外れるし、無いものねだりかな?(^^;)
●ただ、ここまで書いてきてフト思ったんだけど、もしかしたら、笹原さんも通説的な日本の古代史には疑問をお持ちなのかも、と(^^;)
上記したように、所々で、疑問視的に投げかけているところがあるんですよね~ただ、立場上、非常に難しいでしょうけど(^^)
ま、そんなことはともかく、漢字だけの話に限って言えば、あまりお目にかからない著作じゃないでしょうか。
👋👋👋👋👋