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<「漢字の学習の大禁忌は作輟なり」・・・「作輟(サクテツ)」:やったりやらなかったりすること・・・>

<漢検1級 27-③に向けて その106>
●「文章題訓練」その㊱です。・・・これだけやれば大丈夫でしょう(^^)
●難度は並み・・・チャレンジャーは80%(24点)以上が目標・・・。リピーターは限りなく100%とりたいところ(^^)
●文章題㊱:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「・・・即ち北斎が(1)フガク三十六景においてなせしが如く北寿もまた全画面の彩色中その(2)コンチョウとなるべき一色を選びて常にこれによつて諧音的の効果を奏せんとする苦心を示したり。(道灌山の図を見るものは直ちに黄色を帯びたる淡く軟らかき緑色とこれに対する濃き緑と藍との調和に感じまた他の一作洲崎弁天海上眺望の図においては黄色と橙色との調和を見るべし。)なほ道灌山の図についていふべきは、左方に立つ崖の側面を画くに北寿は三角形の連続を以てし、またその麓に横たわる広き畠をば黄と緑と褐色の三色を以て染分けたる格子となし、これを遠近法によりて配列せしめたる事なり。もし北寿をして今一歩を進ましめんか日本における最初の立方体画家となりしや知るべからず
・・・国芳は決して武者奮戦の図をのみよくせしにはあらず、その描ける範囲は美人花鳥山水諷刺滑稽画に及べり。西洋画写生の法を浮世絵の人物に施してよく成功せる点はむしろ北斎の上に出づといふも(3)カショウにあらず(浅草観音堂内奉納の絵額に一ツ家の(ア)姥の図あり)。一度その秘戯画に現はれたる裸体画を検するものはその骨格の形状正確にして繊巧を極めし線の感情の能く(4)ハイタイ的気風に富める(イ)漫ろに歌麿を思はしむる所あるを知るべし。仏人 Tei-san が美術史に曰く、「国芳の作画は常に活動の気に満ちその描線の甚だ鮮明正確なるしばしば称賛に価すべきものあり。しかしてその色彩には好んで赤と藍とを混和せしめたる極めて明快なる(5)リンゴ色の緑を用ひ文化以前の木板絵に見るが如き色調の美妙を示す所あり。されど或時は全くその反対に、人物奮闘の状を描ける図に至つては色彩をしてこれと一致せしめんがため殊更多数の色を設けて衝突混乱せしむ。」
・・・国芳の山水画には東海道及東都名所の二種あれどもいづれもその数多からず。東海道の作は重に(6)チョウカンズ的なる山水村落の眺望を主とし、東都名所は人物を配置して風景中に自ずから江戸生粋の感情を(7)ハツラツたらしめたり。東都名所新吉原と題したる日本堤夜景の図を見よ。中空には大なる(ウ)暈戴きし黄いろき月を仰ぎ、低く地平線に接しては煙の如き横雲を漂はしたる田圃を越え、彼方遥かに(エ)廓の屋根を望む処。(オ)一梃の夜駕籠頻りと道をいそぎ行く傍に二匹の犬その足音にも驚かず疲れて眠れる姿は、土手下の閉ざせる人家の様子と共に夜もいたく深け渡りしのみか、雨持つ空に月の光もまた(カ)朧なる風情を想像せしめて余りあり。羽織に着流しの裾をかかげ、ぱつちに(8)セッタをはきし町人の二人連れあり。その一人は頬冠りの結び目を締め直しつつ他の一人は懐中に(9)ヤゾウをきめつつ廓をさしておのづと歩みも急し気なる、その向うより駒下駄に(キ)褞袍の裾も長々と地に曳くばかり着流して、三尺を腰低く前にて結びたる遊び人らしき男一人、両手は打ち斬られし如く両袖を落して、少し仰向き加減に大きく口を明きたるは、春の朧夜を我物顔に咽喉一杯の声張上げて(ク)投節歌ひ行くなるべし
・・・折々恐しい音して鼠の走る天井からホヤの曇った六分心のランプがところどころ宝丹の広告や『都新聞』の新年附録の美人画なぞで破れ目をかくした襖を始め、飴色に古びた箪笥、雨漏りのあとのある古びた壁なぞ、八畳の座敷一体をいかにも薄暗く照てらしている。古ぼけた葭戸を立てた縁側の外には小庭があるのやらないのやら分らぬほどな闇の中に軒の風鈴が淋しく鳴り虫が静かに鳴いている。師匠のお豊は縁日ものの植木鉢を並べ、不動尊の掛物をかけた床とこの間を後ろにしてべったり坐った膝の上に三味線をかかえ、樫の(ケ)撥で時々前髪のあたりをかきながら、掛声をかけては弾くと、稽古本を広げた桐の小机を中にして此方には三十前後の商人らしい男が中音で、「そりや何をいはしやんす、今さら兄よ妹といふにいはれぬ恋中は……。」と「小稲半兵衛」の道行を語る。・・・
・・・蘿月は稽古のすむまで縁近くに坐って、扇子をぱちくりさせながら、まだ冷酒のすっかり醒めきらぬ処から、時々は我知らず口の中で稽古の男と一しょに唄ったが、時々は目をつぶって遠慮なく(コ)噯をした後、身体を軽く左右にゆすりながらお豊の顔をば何の気もなく眺めた。お豊はもう四十以上であろう。薄暗い釣るしランプの光が痩せこけた小作りの身体をばなお更に老けて見せるので、ふいとこれが昔は立派な質屋の可愛らしい箱入娘だったのかと思うと、蘿月は悲しいとか淋しいとかそういう現実の感慨を通り過して、唯だ唯だ不思議な気がしてならない。その頃は自分もやはり若くて美しくて、女にすかれて、道楽して、とうとう実家を(10)シチショウまで勘当されてしまったが、今になってはその頃の事はどうしても事実ではなくて夢としか思われない。算盤で乃公(おれ)の頭をなぐった親爺にしろ、泣いて意見をした白鼠の番頭にしろ、暖簾を分けてもらったお豊の亭主にしろ、そういう人たちは怒ったり笑ったり泣いたり喜んだりして、汗をたらして飽きずによく働いていたものだが、一人々々皆死んでしまった今日となって見れば、あの人たちはこの世の中に生れて来ても来なくてもつまる処は同じようなものだった。まだしも自分とお豊の生きている間は、あの人たちは両人の記憶の中に残されているものの、やがて自分たちも死んでしまえばいよいよ何も彼も煙になって跡方もなく消え失うせてしまうのだ……。」「江戸芸術論 ―浮世絵の山水画と江戸名所―」(永井荷風)
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<解答>
(1)富嶽 (2)根調 (3)過賞 (4)敗頽 (5)林檎 (6)鳥瞰図 (7)溌剌(溌溂) (8)雪駄(雪踏) (9)弥蔵 (10)七生
(ア)うば(ばば) (イ)そぞ (ウ)かさ (エ)くるわ (オ)いっちょう (カ)おぼろ (キ)どてら (ク)なげぶし (ケ)ばち (コ)おくび
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