漢検1級 27-③に向けて その24  文章題訓練⑤

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<「漢字の学習の大禁忌は作輟なり」・・・「作輟(サクテツ)」:やったりやらなかったりすること・・・>

<漢検1級 27-③に向けて その24>
●文章題⑤も芥川龍之介の「仙人」・・・短編の名手、さすが面白かった(^^)ちょっと長文ですので端折っていますが、なるべく文脈を損なわないようにしました。でも、ちょっと長いかも(^^;)
●今回も、85%(26点)以上ほしいところ・・・・。制限時間は5分~10分ぐらいか(^^)

●文章題⑤:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「仙人」(芥川龍之介)
「いつごろの話だか、わからない。北支那の市から市を渡って歩く野天の見世物師に、李小二と云う男があった。鼠に芝居をさせるのを商売にしている男である。鼠を入れて置く(ア)嚢が一つ、衣装や仮面をしまって置く(イ)笥が一つ、それから、舞台の役をする小さな屋台のような物が一つ――そのほかには、何も持っていない。
 天気がいいと、四つ辻の人通りの多い所に立って、まず、その屋台のような物を肩へのせる、それから、鼓板を叩いて、人よせに、謡を唱う。物見高い街中の事だから、大人でも子供でも、それを聞いて、足を止めない者はほとんどない。さて、まわりに人の墻(かき)が出来ると、李は嚢の中から鼠を一匹出して、それに衣装を着せたり、仮面をかぶらせたりして、屋台の鬼門道から、場へ上らせてやる。鼠は慣れていると見えて、ちょこちょこ、舞台の上を歩きながら、絹糸のように光沢のある尻尾を、二三度ものものしく動かして、ちょいと後足だけで立って見せる。更紗の衣裳の下から見える前足の(ウ)蹠がうす赤い。――この鼠が、これから雑劇の所謂(エ)楔子を演じようと云う役者なのである。・・・」(「仙人 (上) 」(芥川龍之介))

「・・・雪曇りの空が、いつの間にか、霙まじりの雨をふらせて、狭い往来を文字通り、脛を没する(1)デイネイに満そうとしている、ある寒い日の午後の事であった。李小二は丁度、商売から帰る所で、例の通り、鼠を入れた嚢を肩にかけながら、傘を忘れた悲しさに、ずぶぬれになって、市はずれの、人通りのない路を歩いて来る――と、路傍に、小さな廟が見えた。折から、降りが、前よりもひどくなって、肩をすぼめて歩いていると、鼻の先からは、滴が垂れる。襟からは、水がはいる。途方に暮れていた際だから、李は、廟を見ると、慌てて、その軒下へかけこんだ。まず、顔の滴をはらう。それから、袖をしぼる。やっと、人心地がついた所で頭の上の(2)ヘンガクを見ると、それには、山神廟と云う三字があった・・・
・・・入口の石段を、二三級上ると、扉が開いているので、中が見える。中は思ったよりも、まだ狭い。正面には、一尊の金甲山神が、蜘蛛の巣にとざされながら、ぼんやり日の暮を待っている。その右には、判官が一体、これは、誰に悪戯をされたのだか、首がない。左には、小鬼が一体、緑面朱髪で、これも生憎、鼻が(オ)虧けている。その前の、埃のつもった床に、積重ねてあるのは、紙銭(しせん)であろう。これは、うす暗い中に、金紙や銀紙が、覚束なく光っているので、知れたのである。
 李は、これだけ、見定めた所で、視線を、廟の中から外へ、転じようとした。すると丁度その途端に、紙銭の積んである中から、人間が一人出て来た。実際は、前からそこに蹲っていたのが、その時、始めて、うす暗いのに慣れた李の眼に、見えて来たのであろう。が、彼には、まるで、それが、紙銭の中から、(3)コツゼンとして、姿を現したように思われた。そこで、彼は、いささか、ぎょっとしながら、恐る恐る、見るような、見ないような顔をして、そっとその人間を窺って見た。
 垢じみた道服を着て、鳥が巣をくいそうな頭をした、見苦しい老人である。(ははあ、こじきをして歩く道士だな――李はこう思った。)瘠せた膝を、両腕で抱くようにして、その膝の上へ、髯の長い**(カ)頤をのせている。眼は開いているが、どこを見ているのかわからない。やはり、この雨に遇ったと云う事は、道服の肩がぐっしょり濡れているので、知れた。
李は、この老人を見た時に、何とか
(キ)語をかけなければ、ならないような気がした。一つには、濡れ鼠になった老人の姿が、幾分の同情を動かしたからで、また一つには、(4)セコがこう云う場合に、こっちから口を切る習慣を、いつかつけてしまったからである
・・・
こんな具合で、二人の間には、少しずつ、会話が、交換されるようになった。その中に、老人も紙銭の中から出て来て、李と一しょに、入口の石段の上に腰を下したから、今では顔貌も、はっきり見える。形容の
(5)ココウしている事は、さっき見た時の比ではない。李はそれでも、いい話相手を見つけたつもりで、嚢や笥を石段の上に置いたまま、対等な語づかいで、いろいろな話をした。
李は、この老道士に比べれば、あらゆる点で、自分の方が、生活上の優者だと考えた。そう云う自覚が、愉快でない事は、
(6)モチロンない。が、李は、それと同時に、優者であると云う事が、何となくこの老人に対して済まないような心もちがした。彼は、(7)ダンペイを、生活難に落して、自分の暮しの苦しさを、わざわざ誇張して、話したのは、まったく、この済まないような心もちに、煩わされた結果である。すると、その話の途中で、老道士は、李の方へ、顔をむけた。皺の重なり合った中に、可笑しさをこらえているような、筋肉の緊張がある。
「あなたは私に同情して下さるらしいが、」こう云って、老人は堪えきれなくなったように、声をあげて笑った。烏が鳴くような、鋭い、しわがれた声で笑ったのである。「私は、金には不自由をしない人間でね、お望みなら、あなたのお暮し位はお助け申しても、よろしい。」
 李は、話の腰を折られたまま、呆然として、ただ、道士の顔を見つめていた。(こいつは、気違いだ。)――
・・・道士は、曲った腰を、苦しそうに、伸ばして、かき集めた紙銭を両手で床からすくい上げた。それから、それを掌でもみ合せながら、忙しく足下へ撒きちらし始めた。
(ク)鏘々然として、床に落ちる (8)コウハク**の音が、にわかに、廟外の寒雨の声を圧して、起った。――撒かれた紙銭は、手を離れると共に、忽ち、無数の金銭や銀銭に、変ったのである。………」(「仙人 (中) 」(芥川龍之介))

「李小二は、(9)トウシュの富を得た。(ケ)偶、その仙人に遇ったと云う事を疑う者があれば、彼は、その時、老人に書いて貰った、四句の語を出して示すのである。・・・但し、これは、李小二が、何故、仙にして、(コ)乞丐をして歩くかと云う事を訊ねた、答なのだそうである。 「人生苦あり、以て楽しむべし。人間死するあり、以て生くるを知る。死苦共に脱し得て甚だ、(10)ブリョウなり。仙人は若かず、凡人の死苦あるに。」
 恐らく、仙人は、人間の生活がなつかしくなって、わざわざ、苦しい事を、探してあるいていたのであろう。」(「仙人 (下) 」(芥川龍之介))
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(1)泥濘 (2)扁額 (3)忽然 (4)世故 (5)枯槁 (6)勿論 (7)談柄 (8)黄白 (9)陶朱 (10)無聊
(ア)ふくろ (イ)はこ (ウ)あしのうら (エ)せっし(下記(注)参照) (オ)か (カ)あご(「おとがい」でも可か) (キ)ことば (ク)そうそう(しょうしょう) (ケ)たまたま (コ)きっかい
(注)「楔子(ケッシ)」なら、くさびなどの意味。「楔子(セッシ)」というのは、中国の演劇で4幕以外の補助幕のこととか、演劇での用語の模様。

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