俾弥呼の墓  ・・・「俾弥呼(ヒミカ)」(古田武彦) 

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<この記事は漢検1級とほとんど関係ありません・・・ちょっとは関連していますが・・・>

●ブログ開設当初から作成しておいたカテゴリー「古代史」に書き込みを開始しています。
●私事の単なるメモ帳のようなものですので、興味のない方はスルーしてください。
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☆☆☆今年のテーマ:①漢検1級199点以上 ②好きな古代史の研究深化(古田説の研究) ③(非公開) ☆☆☆  
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・女王国は筑前中域=糸島・博多湾岸と周辺山地が倭国の中枢部
・俾弥呼の墓はどこか・・・
 2つの“物”に注目すると、
 (1)三種の神器の出土・・・以下の6つが「弥生の6王墓」
    ①吉武高木(福岡市西区吉武)
    ②宇木汲田(佐賀県唐津市宇木)
    ③三雲南小路(福岡県糸島市三雲)
    ④井原鑓溝(福岡県糸島市井原)
    ⑤須玖岡本(福岡県春日市岡本)
    ⑥平原(福岡県糸島市有田)
 (2)絹と錦の出土 
    ①博多湾岸と周辺
    ②吉野ヶ里
 (1)と(2)を満たすのは、「須玖岡本」のみ。本の口絵に出土した絹房のカラー写真あり・・・青みがかった紫にも見えるが何とも言えない。「金印紫綬」のくみひもの可能性はある。
 →「須玖岡本遺跡は、俾弥呼の墓である可能性が最も高い弥生王墓である」
 *「夔(虁)鳳鏡ーきほうきょうー」問題
  ・須玖岡本遺跡出土の「夔鳳鏡」・・・D号遺跡からの出土・・・梅原末治氏「筑前須玖遺跡出土の夔鳳鏡について」・・・
    「年代的には後漢代後半。如何に古くても2世紀の後半を遡りえない。寧ろ、3世紀の前半に上限を置くべきことにもなろう」
   →(1)&(2)に加えて、夔鳳鏡の年代からの俾弥呼の年代と合致してくる!
    (*従来、「須玖岡本遺跡」は弥生中期・前2世紀初めごろ~1世紀初めごろに当たるとされてきた)
・金印(紫綬)、銀印(青綬)はどこにあるか
 印鑰神社・・・近畿にも若干あるが、筑紫(福岡県)とその周辺に集中的に存在。「印鑰」・・・印をしずめ守るという意味がある?

・俾弥呼の廟・・・香椎宮か。
 *この神宮は仲哀天皇が祭られている(熊襲と戦って戦死した伝承もあり、一応、もっとも。)。しかし、「神功皇后の廟」が併置されている不審あり。
 *神功皇后はこの地で没したわけではない、墓は滋賀県の米原近く・出生地とされている所にある=美しい一大円墳。また、大和には壮大な神功皇后陵あり。なぜ、「香椎宮」にも「廟」があるのか・・・。
 *同神社の由来によると「皇后の薨去後、養老7年(723年)神託により、特に九州に詔して・・・ 」←日本書記成立の3年後
 *(それまでは、この「神功皇后の廟」は存在しなかったのか・・・)「俾弥呼、壱与の遺跡は、今後、「神功皇后の遺跡」として扱う」という基本方針の表れ・実現ではないかと疑われる *日本書記が俾弥呼・壱与の業績を人名を出さずに神功皇后の業績としてまとめていることは周知の事実。

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